【❶高齢者保健福祉】福祉の歴史・恤救規則~救貧施策~老人福祉法制定まで vol.598

こんにちは 介護ラボのkanaです。今日は「社会の理解」の中から『高齢者保健福祉』について5回に分けて書いていきます。今日は1回目です!

救貧施策とは

Contents

1.高齢者保健福祉に関する歴史
 1⃣救貧施策としての高齢者保健福祉
 (1)戦前の高齢者福祉
 (2)老人福祉法の制定
 2⃣老人福祉法制定後の高齢者保健福祉
 (1)福祉の見直し
 (2)高齢者保健福祉サービスの計画的整備

1.高齢者保健福祉に関する歴史

1⃣救貧施策としての高齢者保健福祉

(1)戦前の高齢者福祉

今日における日本の高齢者保健福祉に関する制度の起源をどこに置くのかという点については様々な意見がありますが、近代国家の体制を築き上げられた明治時代の1874年(明治7年)に制定された「恤救規則(じゅっきゅうきそく)」を起点とする見方が一般的です。

この「恤救規則」は、貧困者を救うための制度であり、高齢者だけを対象としたものではありません。この制度は、

  • ❶働くことができない障害者等
  • ❷働くことができない70歳以上の重病若しくは老衰である者
  • ❸働くことができない状態にある病疾者(病人)
  • ❹13歳以下の児童

を対象とし、これらの者に対して米代を支給するというものでした。

また、この制度は、親族扶養や地域の相互扶助を指す「人民相互ノ情誼」を全としており、これらの相互扶助を得ることのできない「無告の窮民」のみを救うという特徴を持っていました。

その後、恤救規則に代わり1929年(昭和4年)に「救護法」が制定されました。この法律は、

  • ①65歳以上の老衰者
  • ②13歳以下の子ども
  • ③妊産婦
  • ④ケガや病気、障害のために働くことのできない者

であって、貧困のため生活できない状態にある者を対象としました。そして、恤救規則と比べ「救護法」では公的扶助の義務を認めており、救護内容は拡大し対象者の数も大幅に増えました。

しかし、救護は行政側からの一方向的なもので、救護を求める権利である受給権が認められていなかったことや、救護を受けることにより選挙権や被選挙権を失うという問題も抱えていました。

(2)老人福祉法の制定

第2時世界大戦後には、1946年(昭和21年)に旧・「生活保護法」、1947年(昭和22年)に「児童福祉法」、1949年(昭和24年)に「身体障害者福祉法」が成立し、『福祉3法体制』が成立しました。

なお、1946年(昭和21年)に定められた旧・生活保護法は、保護請求権が認められておらず、また素行不良者を保護の対象外とするなどの欠格条項が設けられており、1950年(昭和25年)に現・生活保護法に全面改正さえrました。

欠格条項とは?

特定の人々をある対象から除外するために、制度などの規定の中に、事前に除外されるべき条件が定められる場合があり、この事前に規定される条件を欠格条項と呼びます。

このように1949年代後半以降、社会福祉に関する新たな制度が成立し、児童や身体障害者を対象とする制度が設けられましたが、高齢者については、この当時は生活保護法の中で対応が行われていました。

そして、1960年代に入ると、

  • 1960年(昭和35年):精神薄弱者福祉法(現・知的障害者福祉法)
  • 1963年(昭和38年):老人福祉法
  • 1964年(昭和39年):母子福祉法(現・母子及び父子並びに寡婦福祉法)

が成立し、前項の「生活保護法」「児童福祉法」「身体障害者福祉法」 と合わせて『福祉6法体制』が成立しました。

この高齢者における固有の制度である老人福祉法の成立によって、高齢者福祉が救貧施策から切り離されることになりました。

2⃣老人福祉法制定後の高齢者保健福祉

(1)福祉の見直し

1960年代には福祉6法体制が成立し、また、1961年(昭和36年)にはすべての国民が医療保険並びに年金保険に加入する国民皆保険と国民皆年金の体制が確立しました。

さらに、1972年(昭和47年)には老人福祉法の改正が行われ、翌1973年(昭和48年)に医療保険の自己負担分を公費で負担する老人医療費支給制度による「老人医療費無料化」が導入されました。

このように1960年代に入り、日本の社会福祉は高度経済成長を背景に拡張・充実されていきました。

そうしたなか、政府は1973年(昭和48年)を『福祉元年』として位置づけ、さらなる社会福祉の充実を目指すことを宣言しました。

国民皆保険・国民皆年金

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しかし1973年(昭和48年)10月に第4次中東戦争が勃発し、これにより石油危機・オイルショックが発生したため、日本の高度経済成長は終わりを告げました。

これにより、社会福祉における歳出を削減する見直しが進められ、1979年(昭和54年)に「新経済社会7か年計画」が閣議決定され、この中で個人の自助努力と家庭や近隣、地域社会等との連帯を基礎とする日本型福祉社会を創造することが提言されました。

そして、こうした福祉を見直す動きにより、福祉における給付内容や水準の見直し、有料化が進められていくことになります。

この代表的なものとして、

  • 1982年(昭和57年)の老人保健法の成立と同年に行われた老人福祉法の改正

があげられます。

老人保健法は、老人医療と医療以外の保険事業を担う制度です。老人保健法が成立する以前は、老人医療と医療以外の保健事業については老人福祉法に規定されていました。

しかし、老人保健法の成立により、これらの規定が老人福祉法から削除され、老人保健法に移行されました。

そして、老人保健法において新たに定められた老人医療については有料とされ、これにより老人医療費支給制度による老人医療費無料化が廃止されることになりました。

(2)高齢者保健福祉サービスの計画的整備

高度経済成長期以降、日本は都市化や過疎化などにより近隣関係の希薄化が進み、地域社会がこれまで持っていた相互扶助機能は弱くなっていきました。

また、家族についても

  • 核家族化の進行や
  • 女性の社会進出の拡大
  • 扶養意識の変化

などにより、家族が担っていた扶養機能が低下していくことになりました。

このような状況を受けて、1980年代後半になると、高齢者における地域での生活を支えるために、在宅福祉施策を拡大し、推進させていくことが重要であるとされ、施設福祉の拡張・充実も含め、これを計画的に整備していくことの必要性が指摘されるようになりました。

こうしたなか、1989年(平成元年)に「高齢者保健福祉推進10か年戦略(ゴールドプラン)」が制定されました。

このプランは、1990年度(平成2年)から1999年度(平成11年)までの10か年の保健福祉サービスにおける整備を図るための計画として定められたものです。

また、ゴールドプランを達成させるために、1990年(平成2年)には老人福祉法等の一部を改正する法律(福祉関係八法の改正)が施工され、都道府県と市町村に対して老人保健福祉計画の策定が義務付けられました。

なお、この各自治体の老人保健福祉計画において、現行のゴールドプランを大幅に上回る高齢者保健福祉サービス整備の必要性が明らかになったため、1994年(平成6年)には、「新・高齢者保健福祉推進十か年戦略(新ゴールドプラン)」が策定され、ゴールドプランにおけるサービス整備目標値が上方修正されることになりました。

その後、1999年(平成11年)に、新ゴールドプランが最終年度を迎えたことから、今後5か年間の高齢者保健福祉施策の方向であるゴールドプラン21が策定されました。

今日はここまで。

次回は、介護保険制定までの高齢者保健福祉などについて書いていきます!!

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